料亭「花外楼(かがいろう)」女将

花外楼女将 徳光正子

天保年間から180年の歴史がある老舗料亭「花外楼」の女将 徳光正子さんに、天神祭についてお話を聞いてみた。
花外楼 本店料亭は、明治維新の元勲、木戸孝允や大久保利通、伊藤博文らも常宿した由緒正しき料亭。
明治8年にここで大阪会議※1が開かれ、「大阪会議開催の地」として大阪市の史跡にも指定されている。
もともとの屋号は「加賀伊」であったが、この大阪会議の成功を祝って、木戸孝允から「花外楼(かがいろう)」という屋号を贈られた。

花外楼ホームページはこちら

※1大阪会議
明治維新の元勲たちが1875年(明治8)に大阪に集まって立憲政体の樹立を約した会議。
征韓論の紛議や征台の役に反対して、多くの参議が辞職してしまい、「大久保利通」を中心とする政府は、孤立無援の状態になった。
そこで「伊藤博文」、「井上馨」の周旋により、同年1月に大久保利通・木戸孝允・板垣退助・伊藤博文らが、大阪に会し2月に至って、政治改革についての合意をみた。
その内容は元老院・大審院・地方官会議を設け、内閣と各省を分離し元勲は内閣にあって輔弼に任じ、第二流の人物によって行政の責にあたらせるというものであった。
この会議の結果、板垣と木戸が参議に復帰し、4月14日に政体改革に関する大詔が発せられ、漸次立憲政体へ移行することが国是となった。

土佐堀川の川畔から天神祭を見守って

ここ「花外楼」は、本来ならば坐摩神社の氏子ということなのですが、土佐堀川の川縁にあることや大阪天満宮様に近いことから、古くから天満宮様とお付き合いさせていただいています。

この辺りも昔は、天神祭の日には周辺の会社は半ドンになり、午後には天神さんにお供される方々は羽織袴や浴衣、法被姿でよく歩いておられたものです。
そのような光景を見て、お祭り気分が高まったものですが、近年はそんな情緒もなくなり淋しくなりましたね。

花火が上がる場所も徐々に大川の上流方向に移動していってしまって、ここから花火を見ることができなくなりましたが、昔は花外楼のビルの屋上からお客様と一緒に打上げ花火を楽しんだことを思い出します。

古くからのご縁もあって、いつの頃からか「御迎人形(おむかえにんぎょう)」を大阪天満宮様からお借りするようになり、毎年7月20日頃から月末くらいまでの間、正面玄関を入ったロビーに飾らせていただき皆様に喜ばれております。
こんな間近で御迎人形をご覧になる機会はあまりないと思いますし、御迎人形は毎年替わりますから、「今年は何かしら」と楽しみにしている方もたくさんいらっしゃいますよ。

花外楼 「天神祭船渡御ノ図」

天神祭をみんなで楽しむ

天神祭の日が近づいてきますと、毎年、土佐堀通りに面した正面玄関を提灯と幡幕で飾りつけをし、広間の床の間には大篝船を描いた掛け軸「天神祭船渡御ノ図」※2を飾って、お祭りの雰囲気を盛り上げています。

※2「天神祭船渡御ノ図」
天神祭ゆかりの掛け軸の一つ。明治12年に船場に生まれた日本画家・中川和堂の明治初期の作品。

料亭でお祭りの雰囲気を楽しみたいという方には、天神祭にちなんだお料理をご用意します。

実際に船渡御や打上げ花火をごらんになりたいという方には、お店のほうからは見えないので、特別観覧席をご案内しています。
今年から新たに桜ノ宮公園に観覧席が造られるようですが、「花外楼さんは大阪天満宮さんの招待席の横に」と大阪観光コンベンション協会様からお声をかけていただき、そちらのほうでお席を確保させていただくこととなりました。
この場所からは二か所から上がる花火が両方ともよく見えるそうですよ。

また、天神祭を支えておられる各講の方々ともご縁があって長くお付き合いさせていただいています。船に乗りたいとのご希望のお客様には、御文庫講様のお席を分けていただいて乗船をご案内しています。船渡御巡行が上流を遡るコースとなってからは、渡御列は花外楼の前の川を通らないんですが、どんどこ船、人形船、落語船、文楽船さん等が花外楼の前まで来て、大阪締めを披露してくださるのです。こちらからはお酒とちょっとしたご祝儀を渡して、大阪締めを返して。
ただ、船が立ち寄られる時間がちょっと早いので、お客様にこのような光景を見ていただけるチャンスは少ないのかもしれませんね。
早めに来て下さったお客様からは「天神祭らしい光景を見ることができてラッキーだったわ」と喜びのお声をもらったり。
私たちも天神祭が大好きなので、従業員みんなで浴衣や天神祭の法被を着たり、団扇の協賛もさせていただいたりと、天神祭のお祭り気分をみんなで楽しませていただいてます。

花外楼 松菊の書

これからも続けていくことが大切

天神祭は伝統あるお祭りですし、その伝統を守っていかなければならないと思います。
しかも、水上の祭というのは全国でも珍しいのではないでしょうか。例えば、きれいに整備されたここ中之島地区で色々なイベントを催していくのも面白いのかもしれませんね。
プレ天神祭ではないですけれど、天神祭を徐々に盛り上げて行ってクライマックスを迎える、そんな風に色々な企画をしていけば楽しいでしょうね。

お祭りに参加することは歴史を考えるいい機会にもなるでしょうし、例えば、「1万人の第九」の様に音楽やコンサート等、水上のイベントを企画し参加する人が増えていければ、とても盛り上がるのではないでしょうか。
個人的には、大阪らしいお洒落なものがいいですね。
大阪には「良いもの」がたくさんあると思います。
この大阪らしい「良いもの」をどんどん掘り起こして発信していって、それがうまく繋がり広がっていけばうれしいですね。
そうすることで、大阪にたくさんの人たちが来てくださったら私たちもうれしいですし、本当に大阪が元気になって欲しいと願っています。

文化は風化しないように、これからも続けて行くことが大切だと思っています。
(取材写真・文書:アリエリンクス株式会社 松寿 英次)


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