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7/7 15:00~21:00at天満宮

てんまてんじんたなばたまつり

天満天神七夕祭

平成7年7月7日、約400年ぶりに天満天神七夕祭が復興された。
この日、大阪天満宮の本殿では天満宮創祀にまつわる「七本松伝承」にちなみ「松の御供」を供えるとともに、7月24日の鉾流神事で使用する「型代(人型)」などが供えられる。
境内には夜店なども出て天神橋筋商店街が主催する「星愛七夕まつり」も開催される。

同境内に設けられた大きな茅の輪をくぐると疫病や罪穢れが祓われるという夏越の祓えの「茅の輪くぐり」。
本殿前の大茅ノ輪を第一茅ノ輪とし、星合池鳥居の第七茅ノ輪に至る本殿東側の通路に茅ノ輪五基、合計七基の茅ノ輪を設置し、各々に「恋愛成就」・「学徳向上」・「心身健康」・「商売繁盛」・「厄除」・「交通安全」・家内安全」の願意が込められている。

15:00 天満天神七夕祭
        一般の方も参列可能。

16:00 七夕笹神楽奉納
        御願い事短冊を奉納、巫女が小笹を持って神楽を舞う。

20:00 諸願成就祈願祭
        参加無料の集団ご祈祷を本殿前庭にて行う。

20:20 七つ茅ノ輪くぐり
        神職巫女が先導して7つの茅ノ輪をくぐり星合池まで進む。
        そして、池にお招きしてある「七夕姫大神」にお祈りを捧げる。

*コラム* 星合の池(ほしあいのいけ)

天暦三年(949年)に天満宮が御鎮座になった時、この池水に霊光が映ったと伝承されている。天正二年(1574年)の石山軍記に「天満山の北、明星の池、星合の池の間、少し北に属し、織田信長本陣を布き」と録していることから、少なくとも千年以上の歴史を持つ古池である。
なお、付近に七夕池、明星池、夫婦池等が明治年間まで現存していたことは昔「難波碕」の付近に残った沼沢の名残であると思われる。
昭和の初めまで池には「宇賀の社」があり、紅梅紫藤が咲き乱れ、付近には歌舞伎を常打とした天満八千代座、浪花節の国光座、吉本興業発祥となった天満花月吉川館などの寄席が隣接していた歓楽街であり極めてにぎやかであった。
池に架かっている「星合橋」は一名「愛嬌橋」とも言う。
当時適齢者の「見合」が行われたからである。
また、池畔にあった白米稲荷に因んだ「いなりずし」は参詣者に賞味され有名であった。
(大阪天満宮より)

*コラム* 「天満天神七夕祭」の復興

平成7年7月7日、大阪天満宮本殿において「天満天神七夕祭」が復興した。
当宮の七夕祭は、早く飛鳥時代に、当宮大将軍社で始まったものだが、平安末期以降は、7月7日の天神祭として受け継がれた。
しかし、戦国時代の戦乱で中断された後、天神祭は菅公生誕の6月25日に祭日を移し、純粋に菅公の徳を偲ぶ祭儀・祭礼として復興され、七夕祭としての伝統は途絶えたのである。
このように、天神祭よりも古い歴史を持つ「七夕祭」を、平安時代の宮中の乞巧奠(きっこうでん)や北野天満宮の御手洗祭(みたらしまつり)などを参考にし、明治以前の作法などを組み入れて400年ぶりに復興した。
祭儀では、当宮創祀伝承中の「七本松」伝承にちなんだ「松の御供」を供進するとともに、鉾流神事に使用する「人形(ひとがた)」など祓具(はらえつもの)を御供えすることにより、天神祭の前儀としての「七夕祭」の位置づけを明確にしている。
(参考文献:「てんまてんじん」)

7/9 11:00at天満宮

しょうぞくたばりしき

装束賜式

装束賜式の斎行

神童、猿田彦、随身、牛曳童児の六名の方々に宮司が直接ご奉仕を依頼する装束賜式。
この日、上記六名と関係者が天満宮に正式参拝し、天神祭の装束が授けられ拝命を奉告する「社参之儀」が行われる。
なお、これら天神祭の装束は大阪天満宮にて保管される。

*コラム* 神童(しんどう)

神童は五月中旬頃、西天満小学校のなかから選らばれ、西天満に本拠を置く神鉾講より推挙されます。
任命されるとすぐに「散斎」の期間に入り、この期間は喧嘩などは禁じられ、神童のご家族は御葬式にでることもできません。
さらに7月22日から24日特に厳しい「致斎」となり、神童とその家族は牛肉や豚肉など四足の動物の肉を食べることが禁じられ、ネギ、ニンニクなどもご法度に。
致斎の期間中は殺生は固く禁じられ、蚊一匹殺してもいけないとされています。
神童は神鉾神事では神職とともに乗船、大川に鉾を流す。また本宮祭では梅の瑞枝をなかだちとして御神霊を御鳳輦に移した後、この瑞枝を持ってお供する瑞枝の童子の役を果たします。
船渡御では御神霊を奉安した「御鳳輦船」に乗るなど、天神祭の間、ずっと神様に付き添うのです。
とても神聖なお役目ですね。

7/23 11:00at天満宮

おはぐるまじゅんこう

御羽車巡行

御羽車の神輿が天神橋筋商店街を巡行する「御羽車巡幸祭」は、昭和五十六年に天神橋筋商店街からの申し出で25日の陸渡御の前に神様が北へお渡りになる巡行として実現した。
大阪天満宮を出発し天神橋筋商店街を巡行中に、天神祭の無事と商店街の商売繁盛を願い「駐輦祭」が行われる。
また、御羽車巡行が決まった際には女性みこし(通称 ギャルみこし)も誕生した。
この「ギャルみこし」は御羽車巡幸祭が始まった翌年、昭和五十七年から御羽車の随員ということで宮入りが実現している。

11:00 大阪天満宮本殿にて発御祭を斎行

11:30 御羽車の神輿とともに御羽車講数十名が天満宮を出発
        天神橋筋商店街を通って天神橋筋六丁目へ向かう

12:00 天神橋筋商店街の途中「夫婦橋」付近(天神橋筋4丁目)
        ギャルみこしと手打ちをする

14:00 天神橋筋六丁目にて駐輦祭、休憩の後、商店街を通って天満宮へ向かう

15:00 天満宮に到着後、本殿にて還御祭を斎行する

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